エチオピア人の平均寿命はたいへん短い。四十歳前後と、日本では「まだ若いのに」といわれる年令で寿命がきてしまう。そのおもな理由は、国内紛争が絶えず、国家予算の半分以上が軍事費に費やされたり、働き手が徴兵されたりして、食料事情が安定していないことにあるが、じつは、もうひとつ理由がある。エチオピア人は、辛いもの好きの韓国人やインド人もびっくりするほど、辛いものが大好きなのだ。エチオピア料理の代表は、「インジェラ」と「ワット」。テフというイネ科の穀物の粉を水で溶いて、発酵させてから焼いたのが「インジェラ」で、これを「ワット」と呼ばれるシチューのようなものにつけて食べる。このワット、肉や豆などをさまざまな香辛料で煮込んだもので、材料や香辛料によっていろいろ種類があるのだが、たいがい辛い。なかでも、エチオピア人にもっとも好まれているのは「カイワット」。カイワットというのは、「赤いワット」という意味なのだが、その赤い色のもとは、なんとトウガラシ。トウガラシを大量に使っているため、赤い色をしているのである。色が変わるほどトウガラシを使っているのだから、その辛さは尋常ではない。キムチやカレーも足元に及ばないほどのゲキ辛料理である。また材料が不足しているときだと、インジェラとトウガラシだけで食事をすませることさえある。エチオピア人のなかでも、北部の高地に住むセム系の高地エチオピア人が、このゲキ辛料理を好んで食べる。食事だけでなく、酒のつまみも、エチオピア人は辛いものが好きだ。そしてエチオピア人は大の酒好き。なんと、生のトウガラシに塩をつけたものをつまみに、ビールを飲む人も多いという。また、辛いものや酒とは別に、コーヒーを飲むときは、三杯ぐらいたてつづけにガブガブ飲む。トウガラシに酒にコーヒー。エチオピア人は、毎日、刺激物を大量に摂る食生活をつづけており、寿命が短い原因のひとつは、その刺激物だらけの食生活にあるのではないかといわれている。
メトロポリタンやMOMAの収蔵品も確かに素晴らしいが、マンハッタンには個人の名作コレクションをゆかりの館や邸宅で静かに見学できる、小さくて質の高い美術館がある。例えば75丁目にある「ホイットニー美術館」は、女流彫刻家のカードルート・ホイットニー夫人が、グリニッジ・ヴィレッジに持っていたアトリエが前身だ。夫人のアトリエには若い芸術家たちが大勢集まり、彼女は才能あるアメリカの現代画家や彫刻家に、留学費用や生活費を援助し、アトリエをギヤラリーに変えて作品を発表する場を与えた。その後アメリカの現代美術を専門にコレクションし、その中にはジョージア・オキーフやエドワード・ホッパーらの傑作が数多く含まれている。メトロポリタンなどの大美術館も、こうした個人のコレクションの集合体だけに、独立した静かな環境で作品と向かい合える小さな美術館のほうが、鑑賞する環境としては望ましいかもしれない。ホイットニー美術館は、カフェやミュージアムショップもセンスが良く、散歩の途中にひと休みするのもいい。またフリッグ・コレクションの中庭も静かで落ちつける。美術館にはこうした利用法もあるのだ。
県北の会津磐梯山は一八八八年に大爆発を起こして檜原湖などの景観を作った。成熟した自然とは違った荒々しい景観が魅力で、とくに紅葉の季節はすばらしい。県南の小さな城下町である三春は郷土玩具である「三春駒」と、樹齢千年のしだれ桜「三春滝桜」で知られる。ここの殿様である秋田氏は、七世紀に阿部比羅夫に下った蝦夷の族長恩荷、前九年の役で源頼義に滅ぼされた安倍貞任、鎌倉時代に蝦夷制御の任に当たった安東氏を先祖に持つ。東北のほかの殿様が源頼朝の奥州攻めや豊臣秀吉の奥州仕置の結果としてやってきた征服者の系譜を引くのに対して、唯一の東北土着の大名である。ところが、戊辰戦争にあって三春藩はのちに自由民権運動で活躍する河野広中の指導で官軍につき、会津攻めの引導役をつとめた。この複雑さが歴史の面白さである。福島県人のイメージというと少し頑固で正義感で人情に厚いというところで、政治家でいうと外務大臣などをつとめた伊東正義などが典型であるが、それはどちらかというと会津人の代表というべきか。中通りや浜通りの人は東北でも最南端にあるためか明るく開放的な人が多い。代表選手はプロ野球選手の中畑清と俳優の西田敏行。
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